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京都地方裁判所 昭和47年(ワ)954号 判決

原告

武田儀三郎

みぎ訴訟代理人

鶴田啓三

被告

国家公務員共済組合連合会

みぎ代表者

竹村忠一

みぎ訴訟代理人

田中治彦

菊井三郎

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、被告連合会訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、本案前の主張として次のとおり述べた。

一、原告は、訴外本圀寺の信徒であるところ、訴外寺は、宗教法人法二三条、寺院規則三〇条の各規定に違反して、訴外寺所有の三筆の境内地を被告連合会に売却し、その旨の所有権移転登記手続をした。しかし、この売買は、みぎ規定に違反し無効であるから、原告は、被告連合会を相手どつて、本件不動産が訴外寺の所有であることの確認と、訴外寺に前記所有権移転登記の抹消登記手続をするよう訴求している。

二、しかし、原告には、本件訴の当事者適格がない。原告は、訴外寺の一信徒にすぎず、訴訟物である権利又は法律関係について、法律上なんらの権利関係がない。宗教法人法二三条の手続に違背したときには、その行為は無効になるが、そうだからといつて、同条は、信者その他の利害関係人に対し、訴外寺の財産処分について、財産法上の権利を認めるものではない、

法人たる寺院の財産は、その法人に属し、その処分権は、当然法人にあるから、法人が、財産処分について無効であることを争うことはできるが、法人の内部機関である檀信徒が、その無効を主張することはできない。

そのうえ、単に教義の信仰者であるにすぎないものが、同法二三条の「信者その他の利害関係人」に該当するかどうかも疑わしい。

第二、原告訴訟代理人の反論は次のとおりである。

檀信徒は、同法二三条の「信者その他の利害関係人」に該当し、寺院の基本財産、僧侶とともに、寺院の構成分子である。従つて、檀信徒は、本件訴を提起することによつて、その権利ないし利益を擁護することができなければならない。そうでないと、同法二三条は無用の規定になる。

理由

一、本件訴の請求の趣旨とその請求の原因事実が、被告連合会の本案前の主張第一項どおりであることは、当裁判所に顕著である。

二、当裁判所は、原告には、本件訴の当事者適格がないと判断するもので、その理由は次のとおりである。

(一)、宗教法人法二三条は、宗教法人が不動産を処分する場合、規則で定めるところによる外、その行為の少くとも一日前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公告しなければならないと規定し、これに違反した行為は、同法二四条で無効とされる。しかし、この無効は、絶対的無効ではなく、同条は「善意の相手方又は第三者に対しては無効をもつて対抗することができない。」として、善意者の保護をはかつている。この制度の趣旨は、公益法人である宗教法人の財産の保全をはかり、それが濫りに又は不当に処分されることを防止することにある。

そこで、宗教法人が、不動産の処分をするため、同法二三条や規則に従つて公告をしたとき、信者その他の利害関係人は、その処分行為の適正性や妥当性、あるいはその方法の適切性などについて意見を述べる機会が与えられるわけである。

しかし、宗教法人法は、この意見の取扱いについてなんらの規定を設けておらず、宗教法人の自治にまかせ、宗教法人の代表役員らが、この意見にそつて再検討することを期待しているにすぎない。

従つて、宗教法人法は、信者その他の利害関係人に対し、宗教法人の不動産の処分に関し、みぎ以上の保護を与えていないのであるから、信者その他の利害関係人には、宗教法人の不動産とその処分について、直接権利又は法律関係があるわけではない。

このことから、信者は、ただ信者であるということだけで、同法二三条違反を理由に、本件のような訴を提起する原告適格を欠くという結論がたやすく導き出される。

原告は、この点について、原告が本件訴を提起できなければ、同条の規定は無用の規定になるというが、これは、同条の趣旨を正解しないものの独断にすぎない。

(二)  訴外寺に帰属した本件の不動産が、被告連合会に売却されたのであるから、みぎ不動産の権利又は法律関係は、訴外本圀寺と被告連合会との間に生じたわけで、原告からみれば、この法律関係の当事者ではないといわなければならない。このような法律関係の当事者でないものが、当事者となつて、本件のような訴を提起し、これを追行するには、法律で特にこれを許容する規定が必要である。そうでないと、第三者が勝手に他人の法律関係に立ち入ることを是認する結果になり、当該法律関係の当事者の利益が損なわれるからである。

しかし、宗教法人法には、このような第三者の訴訟担当を許容した規定がない。ということは、同法は、同法二三条に違反したため、同法二四条によつて無効になる不動産の処分の帰属を争うには、権利又は法律関係の主体である当該宗教法人に当事者適格を認め、単なる信徒には、これを認めない趣旨である。

(三)、原告に、本件訴の原告適格があるとしても、宗教法人法には、本件訴の判決の対世効についての規定がないから、本件で、原告が勝訴の判決を得ても、訴外寺が当事者になつていない限り、訴外寺に本件判決の効力は及ばないことになり、従つて、訴外寺と被告連合会との間で、本件の不動産の処分が有効であることを確認することは一向差し支えがないから、原告が、被告連合会との間で、本件の不動産の処分が無効であることの確認判決を得ても、無意味に等しい。

そうして、原告が、被告連合会に対し、訴外寺に所有権移転登記抹消登記手続をするよう勝訴判決を得ても、これ又その執行は不能であり、これも無意味に終る。すなわち、

みぎ抹消登記手続の形式的登記権利者は、訴外寺であつて原告ではない。そこで、原告は、抹消登記手続をするため訴外寺に代位することになる。しかし、原告は、訴外寺に対し、なんらの債権がないのであるから、不動産登記法四六条ノ二によつて、代位原因を証する書面を抹消登記手続申請書に添付することができない。そうして、詐害行為取消の判決や、登記請求権の代位判決の場合などと異なり、信者であるというだけの本件の判決の内容から、代位の原因関係が存在していることが形式的に明らかでない以上、本件の判決正本をもつて、みぎ代位原因を証する書面に代えることはできない筋合である。

結局、このように、原告が、本件訴で勝訴判決を得ても、紛争解決の手段にならないということは、原告に、本件訴の原告適格がないということの証左である。

三、以上の次第で、原告の本件訴は、当事者適格を欠く不適法な訴であつて却下を免れないから、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 谷村允裕 飯田敏彦)

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